大学生活を振り返る・その1

現実逃避してなきゃやってられないので、人生の中で楽しい時期だったとはとても言えなかった、大学生活を振り返っていこうと思います。まずは、総括から。

  • 2003年度

入学。勉強は無難に終える。サークルに入ら(入れ)なかったため、新しく出来た友人は一人(現在は疎遠)。孤独な日々を過ごす。9〜04年1月の間、深夜コンビニでアルバイト。これは、僕のバイト生活の中でも最も充実した内容であったが、親の反対により辞める(尤も、次年度まで続けてはいられなかったと思うが)。
特筆すべきはTSUTAYA? 5月からSHIBUYA TSUTAYAで毎月一回程度半額レンタルがあり、利用した。また、10〜11月、半額レンタルが5週続き、毎週10枚以上のCDを借りた。この年に借りたCDは100枚近いのではないかと思う。

  • 2004年度

2年。サークルに入るも、ライフスタイルを変えることが出来ず、パッパと帰ってしまう生活をしていたせいで、あまり深い付き合いは出来なかったと思う。塾講師のアルバイトを2月から始めるも、拘束時間と時給のつく時間との差に愕然とする。しかも、なんだかんだ結構拘束されたし……。勉強は、春学期に神になるも、秋学期になって失速。春学期に情報工学と出会ってしまい、それまでの行いを悔いる。一番楽な年だったが、僕は何をやっていたのか?

  • 2005年度

3年。キャンパスが少し駅から遠くなる。あまりの忙しさにサークルの部室によることが出来ず、疎遠になる。去年までの人とは、麻雀により付き合いあり。
勉強であまりの忙しさにてんてこ舞い。原因は、大幅に増えた実験の時間と、情報工学科に移る事を意識して履修した情報の授業のため。あ、それと月曜一限の文学。怒涛の一限ラッシュ(春3日間、秋4日間)をよく乗り切っていたと思う。これに加えて塾講師があって、怒涛の一年間だった。研究室は無難に決まり、特に問題もなく進級する。3月で、働いていた塾が潰れてアルバイト停止。

  • 2006年度

4年。研究室に所属。春学期は非常に暇だった。輪講も稀にしか回ってこない。大学院は書類専攻で決まり、学校に来るのが週4日だったり、安穏と過ごす。但し、麻雀に参加しなくなったためサークルとますます疎遠に。
5月から、以前バイトしていた塾の先生の誘いで、週一回、八潮で塾講師のアルバイトをすることに。これが最悪だった。得る物は何もなかった。ただ、時間を無駄に浪費しただけ。この年はこれがケチのつきはじめだったのかもしれない*1
7月から、近くのゲーム/CD/本の店、ワンダーグーでアルバイトを始める。これが二つ目の失敗。始めたと同時に突然忙しくなり、研究室生活がどうにもならないことに。何とか7月はこなしたが。因みに、このバイトで得たお金は殆ど使ってしまっていて、残っていない。ここのところの金遣いは荒すぎる。
また、この年は野球を見すぎた。春学期、学校に行ってすることは野球のニュースや2ch野球板を見ることばかりだったし、夏休み中も暇なときは野球見てたし。まあ、これについてはしょうがないか。
9月〜10月、TOEFL基本情報技術者試験を受ける。これのせいで相変わらず、研究は進まない。これ以上のことは最近過ぎるので省略。





総括しても全くいいところがない……。特に2006年は最悪だった。しかし、2007年は2006年以上に最悪になることが確定している。あれ? 現実逃避をしているはずがこれでは……。続く。

*1:大学院入試かも知れない